日々研究。日本一小さな酒蔵の挑戦

鴨庄酒造株式会社

丹波市市島町には現在3つの蔵元があります。その中で一番若いのが「鴨庄酒造株式会社」(以下、鴨庄酒造)です。若いといってもその歴史は150年以上で、紆余曲折ある中、2023年(令和5)春、5代目の荻野弘之さんがたった一人で、地元の米で作った新銘柄「神池 mike(みけ)」を造り、発売しました。日本一小さな酒蔵の挑戦の始まりです。

時の流れに翻弄されて

蔵には昔使っていた桶が今も眠っている

鴨庄酒造の創業は1867年(慶応3)、150年以上続く蔵元に生まれた弘之さんですが、大学卒業後7年ほどは酒造りに携わったものの、機械いじりが好きだったという思いを貫きたいと、実家を離れ、関東で酒造りとは全く異なる仕事に就いたそうです。

大きなステンレス製の桶(タンク)が並ぶ

父である4代目の社長は、創業当時からの銘柄「花鳥末廣(かちょうすえひろ)」を造る以外に、大手酒造会社に卸す「桶売り」をメインに行っていました。桶売りとは、戦後、米が配給制で入手制限があり、思う量の酒を造れなくなった大手酒造会社が、主に中小の酒造会社から桶(タンク)ごと仕入れ、一定の味わいになるようブレンドして販売するもので、現在も続いているシステムです。

かつては忙しく稼働していた巨大な搾り機

この50年、全国的に日本酒の売上は下がる一方で、桶売りも減るという状況の中、弘之さんは「このまま、蔵元を終わらせて良いのか?酒造りという伝統産業を絶やすのはもったいないのではないか?」と自問自答し、4年前、Uターンすることを決意しました。

酒米を大量に蒸す際、活躍していた煙突

強い気持ちで戻ったものの、想像以上に経営状況は悪く、そこへコロナ禍が追い打ちをかけます。なんと、桶売りの取引先がなくなってしまったのです。鴨庄酒造存続の危機に直面しました。

強い気持ちで立ち向かう

逆境にあっても弘之さんの気持ちは揺るがず、一人酒造りへと進みます。酒造りの経験はあるとはいえ、遥か昔のはなし。そう簡単にはいきません。大学卒業後働いた時に杜氏さんから教わった技術を思い返しながら、さまざまな文献を読み漁り、それでも疑問に感じたことは研究機関に問合せながら、酒造りに取り組みました。

微生物という“生きもの”を扱う酒造り。麹菌や酵母菌の状態によって味が左右されます。ある程度予測はできても、完成するまで味は分からないのです。うまい酒を生み出すため、麹の湿度・温度チェックや調整を2~3時間ごとに自身の目で確認し、眠れない夜も続きました。理想の味を求めて、日々の分析も欠かしませんでした。

努力の甲斐があって、伝統的な酒造りで鴨庄酒造の味わいを引き継ぐ「花鳥末廣」が出来上がりました。しっかりした中にも米の繊細な味わいがあり、控えめな香りの純米酒です。

神池(mike)純米、純米吟醸、純米大吟醸

更に、一人で新銘柄「神池mike」を造り出しました。香り高く、スッキリとした味わいの酒です。地元で生産されている酒米「Hyogo Sake 85」で純米酒と純米大吟醸酒を、同じく「兵庫北錦」を使って純米吟醸酒を造り上げたのです。

「神池」と書いて「みけ」と読む珍しい名前は、地元由来だそうです。鴨庄酒造から南に3kmほど、妙高山の山頂付近に712年(養老2)開基の「神池寺(じんちじ)」があります。そのお寺のそばにある池は、山頂近くにあるにもかかわらず日照りが続いても枯れない霊池(神霊の宿る池)として知られ、神池寺の名前の由来にもなっています。また、蔵の南東には村を干ばつから救ったため池(神池)もあります。地元の米と水を使って丹精込めてできあがった新しい酒に、この神秘的な名前はピッタリですね。

後ろに控える大きな緑のボトルは案山子!

鴨庄酒造で造られている地元由来の酒はもう1種類あります。「百人一酒(ひゃくにんいっしゅ)」という純米生酒です。きっかけは、2004年に全国的に広がった米の生産過剰でした。鴨庄地区も例外ではなくコシヒカリを持て余すことになり、農家さんが酒造りに使えないだろうかと4代目に相談しました。飯米は酒米とは性質が異なるので美味しいお酒を造ることは非常に難しく手間暇がかかりますが、何とか頑張ってみようと造ることにしました。

その時コシヒカリを持ち込んだ農家さんが約100人。そこで出来上がった酒の名前を百人一酒とし、ラベル(地元在住の仏版画家・観瀾斎さん、書家・栗原周玉さん作)貼りも農家さんと一緒に手作業で完成させた、チームワークと愛あふれる生酒です。これらは、現在も引き継がれ、百人一酒は地域特産品に選ばれました!

小さくても進化し続ける酒蔵へ

保存が可能な「花鳥末廣」「神池 mike」は、現在、鴨庄酒造以外では丹波市内で3カ所、西宮市内1カ所で販売されています。酒屋さんから伝えられるお客さんの評価や、イベント出店時の試飲販売でのお客さんの反応も上々で、更にやる気がわいてきます。

自称「日本一小さな酒蔵」ですが、昔のままの大きな設備を無理やり使っての酒造り。小さな設備に変えれば小回りが利き、蔵の個性も出しやすくなるのだが…と考えていたところ、小規模事業者向けの補助金制度「事業再構築補助金」の採択を受けることができました。この夏、大きな設備を撤去して、新たに小ぶりのタンクや搾り機などに入替え予定です。品質面でも更に期待ができる小さな設備で造る酒は、来年の春から味わえそうです。

新しい設備が入っても自分の手で出来ることはできるだけ手作業をするつもりだと話す荻野さんに、酒造りの責任者だから杜氏さんですねと水を向けると「杜氏というのは、長い年月積み重ねた経験を持つ、蔵人から尊敬される存在です。私はまだ経験も浅く、何もかも比較になりません。一生かかって杜氏を目指します」と、静かな中にも力強い答えが返ってきました。

 

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