風景を受け継ぎ、未来へつなぐ建築デザインを

SAJIHAUS 一級建築士事務所

古い宿場町の面影を残す青垣町佐治。かつて庄屋だった古民家を拠点に活動している一級建築士が出町慎(でまちまこと)さんです。建築士といえば家を設計するのが仕事ですが、出町さんは建物を含めた集落や環境をまるごとデザインすることを生業としています。地元のイベントにも使われているという庄屋屋敷「衣川會館」にあるオフィスを訪ねました。

築約150年の庄屋屋敷を活用

引き戸を開けて玄関を入ると土間が奥まで続き、左側に座敷。土間はかつてカマドがあったことが想像できる広いスペースです。高い天井に太い梁という、昔ながらの日本家屋の輪郭を残しながら、現代の利便性を取り入れたリノベーションが行われました。

ここは地域のレンタルスペースとして、交流会や夏祭りも開催されています。広い畳の間や縁側など、今の子どもたちにとっては物語の中に出てくるような室内。大人にとっても、こういう住居に住んだ経験がある人は、なかなかいません。

2階はシェアオフィスとして利用できます。Wi-Fiはもちろん完備、大型モニターや会議スペースもあって、快適に仕事が進みそう。静かな環境で集中できるのもいいですね。

ゼミで訪れた佐治に惹かれた理由

関西大学で学んでいた学生時代、昔から好きだった古い集落の研究にハマった出町さん。熱中したのはカンボジアの水上集落でした。調査で滞在していた湖に住む人々の暮らしは衝撃でした。

そこでは季節によって水位が変わるため、その環境に合うような住居が作られていました。水位が高い時は、湖に浮かんでいるように見えますが、水位が下がると高床式住宅だとわかります。水と共に生きる人々の暮らしや仕事の全てが、建物を含む集落と密接に関係していました。出町さんはその建築の見事さに惹かれていきました。

出町さんは、ゼミで訪れた佐治の町もカンボジアと同じように、建物が集落と密接に関係していると気づきます。例えば店は、道に面した入り口からすぐに入れるようになっています。今は車が通りぬけるだけで人通りが少ない道も、昔は人々が行き交い、語りあう広場の役割も果たしていました。道と店、道と家、それらに一体感があり、町の中にそれぞれの居場所があったはずなのです。

出町さんは、「この町の歴史が作ってきた美しい景観を活かしたい」と考えます。それが、家だけでなく、町の骨格を作ることの面白さにつながります。道と建物の関係を見つけて維持していく、というテーマが決まりました。

建築で人と町をつなぐために…

すぐ近くには関西大学の“大学と地域の交流拠点”「関西大学佐治スタジオ」があります。この施設の立ち上げから関わり、運営を任されて佐治に家族と共に移り住むと、地域での仕事が増えていきました。今はハウスの運営は後輩に譲って、自身の道を切り拓いています。地域に根ざした建築士として、出町さんの元には、いろんな話が持ち込まれます。山の中にキャンプ場を作りたい、廃校をリフォームして活用したいなど、許認可を取るのが大変だったり、地元との調整が必要だったりするものも多いようです。もしかしたらそこを地元の人に見込まれているのでは、と感じました。

古民家の改修を相談されることも多いのですが、ネックになるのは費用です。一般的に、古民家の改修は基礎部分に手を入れる必要があるため、費用が高くなります。2千万円以上というのもざらにありますが、500万円しかないと言われたときに、構造上の安全性を保ちながら、どこまで手を入れるか、その線引きをどこにするかを決めるには経験が必要です。構造計算をした上で、ある程度の妥協も必要になります。「切り捨てる部分の判断が難しく、施主さんの思いを実現するために、まるでパズルをといていくようです。でも、困難があるほど頑張れる、思いを形にできたときの満足感が大きいんです」と出町さん。

春日町の古民家は、10年後の定住を目指して庭や外回りを整えたいという施主の思いを形にしていきます。古いものに新しい部分をどう重ねるか…。例えば柿渋を木製の壁や塀に使うと、紫外線で色が変わる性質から、年月と共に古い家に自然になじんでいきます。

丹波篠山市後川の宿泊施設「NIPPONI後川 天空農園」(新築)は、外観に塗装していない杉板を使っています。これは年月とともに自然に色が変化するのを活かすためで、5年もすれば山と田畑に囲まれたこの場所の風景に溶け込むと予測しています。

出町さんのテーマをひと言で言うと「アイダをデザインする」ということ。
建物は天井と床、壁と壁のアイダをデザインするもの。町も家と家のアイダをデザインしたもの。山と人のアイダをつなぐために道が作られる…。アイダをデザインするというのは、空間でそれらをつなぐこと、つまりそれが建築の意味の一つ。
もっと大きく考えると都市と田舎のアイダをつなぐこともデザインに含まれます。「町を魅力的にしようとすると、外と建物をどうつなぐかが重要」と言う出町さんは、丹波だけでなく他府県にも活動の場を広げています。
「いろんなところに居場所がある生き方がしたい。観光客を増やすより、住んでいる人が幸せになれるように、豊かになるために必要なことを考えたい」と豊富を語る出町さん。移住者として、後進へのアドバイスも事業の一つとして多くの人に頼られています。

 

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